京都府庁時代の二条城

このページは、伝統文化プロデュース連の発行するメールマガジン『嵯峨野文化通信』に連載中の「ニッポン城郭物語」の資料編です。


 徳川幕府の京における拠点だった二条城。幕府瓦解後、明治元年(1868)1月に新政府の太政官代が置かれたが、
翌年の東京遷都に伴って、留守官の管轄となる。そして明治4年(1871)、二条城は京都府に移管されることになった。

 宮内省に移管されて二条離宮となった明治18年(1885)までの14年間、二条城は「京都府の庁舎」であった。

 メルマガの連載を通じて、これまでほとんどその詳細が知られていなかった、京都府庁時代の二条城に迫ってみたい。

京都府庁時代の二条城

『京都名所撮影』所収の写真。タイトルはそのものズバリ、「京都府」。
二条城が京都府庁そのものであったことがよく分かる。
この本は明治初期に京都の桑田清新堂から発売された写真集で、
副題として「JAPAN KIYOTOMEISHO PHTOGRAPHER」とある。



明治12年6月時点の二条城

本丸仮御殿

望火櫓

明治4年6月 二条城(府庁)門番規則

府庁内の規則など

京都府庁が設置した建物

蘇鉄の間に残る京都府庁の痕跡

明治18年時点の京都府庁の建物(1)

明治18年時点の京都府庁の建物(2)

本丸櫓門にあった食堂

二条城の古写真(京都府庁時代 その1)

二条城の古写真(京都府庁時代 その2)

二条城南門

二条城 二階廊下と溜蔵

豊国神社の唐門

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