京都府立総合資料館蔵の「二条城借受定約並本丸返礼一件」より、府庁が設置された二の丸御殿周辺の図面。この図はこれまで紹介されたことのないものである。ピンク色が二条城本来の建物であり、黄色が府庁増築部分。これらは明治18年、離宮として宮内省に移管する際に全て取り壊された。
同じ範囲の現在の姿。左の図でピンク色の建物は離宮となった際も旧城郭の建物として保存されたが、現在は失われたものも数多い。左の図に矢印と共に名称を記載した建物が失われたもの。残ったものは全て国宝か重要文化財である。
上右図の@の位置から写した現在の二の丸御殿。記念写真の定番アングルだが、上左の図を頭に入れてイメージすると、画面左に立ち並ぶ府庁増築の建物が見えてくる?
同じくAから見た現二の丸御殿大広間。撮影地点は、まさしく失われた御車舎の場所。府庁があった当時、御車舎は人民溜(だまり)と呼ばれる部屋だった。人民溜から伸びる長い廊下は、あの山本八重も通ったはずである。